社会・生活・食・健康
真に良き師は良き親と同じ。親離れ、師離れがある。いつまでも付き従っているのは社会全体の損失、罪悪、退廃の元…伸びる人のメンタル
新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、籠り生活を機に、家と体と作曲のメンテナンスをした。作曲に関しては弦楽オケ作品「HATAORI」を改訂し、「Who Rings」と「Ave」を合体させ、チェレスタコンチェルトを作っている。
自分が父と同じくらい生きるなら余命はどのくらいか…一日過ぎるという事は、余命が一日無くなるという事。それだけのコストに匹敵する一日を過ごしたか、日々振り返る。
年末、年始は出社も無く、近所の人達も姿を消し、ひっそりとした中で孤独になれるので、こういう時こそ旅行などせず仕事や作曲に打ち込む…シンセサイザーの故・冨田勲氏も仰っていた。
「どんなに名声を得ても、どんなにお金を稼いでも、早く死んだら何もならない。人間は25歳から老化が始まる。メタボの人やお酒をよく飲む人は早く死ぬよ」
子供の頃から僕は明るい場所が嫌いで、近年はピアノを弾く時は可能な限り暗くするのがお気に入り。明るいと右目がチラチラとぼやけて鬱陶しいのだ。それが2カ月ほど前、酷くなり、ゴマ粒のようなものが視野の隅に居座るようになったので、眼科に行った。
高校以来の酷い頭痛は季節の変わり目など、体調を崩しかけた時にしばしば起きる。そして2泊3日、自分の中に居座る。その間食欲も無く、ひたすら耐え、祈り、諦め…必要最小限のこと以外は寝るだけ。
小さなレストランが閉店する…自家農園野菜と有機無農薬栽培米を使い、日替わりランチは880円だが、お持ち帰りなら何と500円。「10年近く、ありがとうございました」と書いた名刺を渡し、お弁当を受け取ったが、店を出てからお金を払うのを忘れた事に気付いた…
獣たちは滅多に声を出さない。餌を探す時も、水を飲む時も、仔を育てる時も、交尾の時も… 声を発すれば天敵や獲物に己の存在を知られてしまうから。では無口の人間は獣と同じか?
連弾のパートナーと10年続いたお祝いに、春だからすき焼き…牛肉、春菊、白滝、長ネギ、焼豆腐…あとはご飯と赤ワイン。「ありがとう。お蔭で充実した10年だった。これからもよろしく!」
自転車から投げ出され、掌の小指側からかなりの出血。公園で手を洗ったが傷口を見れば熟れた果実のように「へ」の字型に裂け、ピンクの肉も見えた。2週間後、縫った掌は抜糸し、今では何と、負傷する前よりも敏捷にピアノが弾ける!
食欲の秋。美食には酒。石川県の冷酒を頂く…実は僕は日本酒が苦手だと思っていた。好い気になって飲むと翌日必ず頭痛に襲われる。特に冷酒がそうだ。だからおっかなびっくり飲んだ。
カレーを作ると換気扇の排気に乗って、近所中に香りが広がる。作曲をやっているらしい、自宅に籠ってよくピアノを弾いている変人も、カレーを作る程度の生活力がある事が、近所中に知れ渡る。
お金の価値は生き物のように強くなったり弱くなったり変動する。偶然に支配されるギャンブルだ。一体、作曲を営むこと自体、ギャンブルでなくて何だろう。偶然性が強い状況であればあるほど、勘などでは無く学習能力がより重要となるだろう。
献血が終わり、これから煎餅食べ放題、ボタンを押して飲み物を待っているところで記憶が途切れた。「大丈夫ですかー」「池田さーん、意識はありますかー」大きな声で眠りを妨げられた。4人位の人が僕を起こそうとしているが、体が言うことを聞かない。
アサリの砂抜きを生まれて初めてやった。一晩たった。周りが水しぶきで少し濡れている。ワクワクしてふたを取ると…鍋一杯にアサリが殻からべローンと身を出し、のびのびと、ピュッピュッと…。